高校生のSNS利用について ~"BeReal"の利用を巡って~
おそらく、生徒、保護者、その他多方面の中高生に喧嘩を売るような内容になるだろう。このような口調で文をしたためるのは、十数年ぶりかもしれない。Twitter(現X)の黎明(れいめい)期にはこんな物言いの投稿をしていた時期があったかもしれないが、独立開業して以降はそんな機会もなくなった。
しかし、独立してもう11年目になるのだし、「そろそろいい」かなぁ。
やれるだけのことは今までやってきた。ここから先の私の発言によって退塾や集客への悪影響が出るとしても、自分の信義に反することに直面したら、言わなきゃいけないときは言わなきゃいけない。だから、口火を切らせていただく。
この記事のトピック
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(1) 高校生の"BeReal"の規制について
さて、このたび寺子屋リンクスは、「高校ベースキャンプ(以下、高校BC)」の利用ルールを改定し、以下の条項を追加することにした。
*************
✅️「高校ベースキャンプ」では、以下のSNSの利用を認めません。
→BeReal(ビーリアル)
✅️上記のSNSの利用を継続する者は、除籍処分となります。
***************
というのも、うちの高校BCには除籍規定がある。たとえば、「週の通塾回数や在室時間が基準を満たさない者。」「講師への連絡や報告を怠ったり、虚偽の報告をする者。」などの規定が設けられていて、これらを守れない塾生は除籍、つまり辞めていただくことになっている。
中学生までは、何かにつけて保護者が間に入り、親の監督のもとで守られてきた生徒たちも、高校BCではいっぱしの大人(の見習い)として扱われるようになる。そのため高校BCの塾生は、中学生以上に自律性と社会性が要求される。
そして、この除籍規定の最後には、このような一文を設けてある。
「その他、塾生としての品位や倫理観に欠けると判断された者。」
BeRealというSNSについて色々と調べていく中で、BeRealのシステムには、高校BCが重視する自律性や社会性の獲得と相容れない要素が数多く含まれていると感じた。またそのシステムには、他人の肖像やプライバシーへの配慮を欠く行動を招きやすい構造上の問題もあると判断した。具体的な内容は後述するが、ともかく講師である私個人の価値観から見ても、おそらく社会一般の良識に照らし合わせたとしても、容認できるものではない。
自律性と社会性を身につけることを目標とした高校BCの塾生としては、このSNSのシステムや、それに乗っかってみな一様に行動する人々の心理に、疑問を抱くことのできる感性を持っていてほしい。そのため高校BCの統一方針として、このアプリの利用自体を禁じ、利用を継続する生徒には除籍処分を下すことにした。
(2) "BeReal"の特徴とシステムの概要
"BeReal"がどのようなSNSかご存じない方もいると思うので、ここでいったんその特徴についてまとめておきたい。以下の通りである。
✅️BeRealは、「加工や演出をせず、ありのままの日常と思い出をシェアしよう」というコンセプトの、フランス発のSNSです。
✅️毎日システムがランダムに選んだ時間に、同じ地域の全ユーザー(日本は東アジア地域)に一斉に通知が届き、通知から2分以内の写真投稿を促されます。
✅️通知から2分以内に投稿したユーザーには、その日の投稿回数が増えるボーナスがあります。また、投稿には「時間通り」と付記されます。
✅️2分以内に投稿できなくても特にペナルティはありませんが、投稿には「●時間遅れ」という遅延時間が付記されます。
✅️その日の通知の受信と同時に、全ての投稿には鍵がかけられ、自分が投稿をしない限り、他人の投稿は一切見られなくなります。
✅️撮影は外カメラでの撮影と同時に内カメラでも自動的に撮影が行われます。写真には撮り直しの回数が付記されます。加工は一切できません。また、設定によっては位置情報も付記されます。
✅️投稿内容は毎日リセットされて鍵がかかるため、ここから「毎日撮影、毎日投稿」の生活サイクルが始まります。
✅️プロフィール欄には連続投稿日数が「🔥(炎)」マークとともに表示され、1日でも投稿を怠るとカウンターがゼロに戻ります。
✅️投稿は直接つながっている「友達」だけでなく、フォロー関係や面識の全くない「友達の友達」まで閲覧できる状態に設定ができます。(実際そのようにして、ほぼ「自分を不特定多数に公開」状態にしているユーザーはかなり多い)
「......なんかやべーアプリ。」
この時点で私ならばそう警戒するのだが、世の中にはそれを何とも思わず、システムに乗っかって日々写真の撮影と投稿に明け暮れるユーザーも多数いる。だからこそこれだけ中高生の間に浸透しているのだろう。
しかしここ1、2年の間に、BeRealへの投稿を原因とする情報漏洩事件も各地で報告されている。2026年4月には、九州の地方銀行の行員がBeRealに支店内の様子を投稿し、顧客情報が流出した事件が報道されたことも記憶に新しい。
(3) 他のSNSと"BeReal"との違い
現在普及しているSNSには、BeRealの他にも、Instagram、Threads、TikTok、X、SetLog......など、実に多種多様なものがある。もちろん、それぞれのSNSにはそれぞれの「ヤバさ」はあるが、BeRealとその他のSNSとの間には、決定的な違いがある。
BeReal以外のSNSでは、閲覧するか、投稿するかの判断は、基本的にユーザー自身に任せられる。自分は投稿せず他人の投稿の閲覧だけをする「見る専」に徹したっていい。どう使うかは本人の自由だ。
だがBeRealは違う。BeRealは、写真を投稿することが閲覧の唯一の条件になっており、投稿をしなければSNSとしての機能がほぼゼロに戻される仕様である。
しかも投稿は毎日リセットされて鍵がかけられ、ユーザーは毎日新たに供給される他人の投稿の閲覧権を獲得するために、常に何かの写真を撮影して投稿しなければならないという焦燥感や使命感に駆られることになる。
結果、一度BeRealの沼にハマった者は、登下校中、教室内、部活の最中、送迎中の車内、自宅内、出掛けた先の店舗など、いつでもどこでもスマホのカメラを構えてシャッターチャンスを狙い続ける日々を延々と繰り返すことになる。これが、BeRealと他のSNSとの決定的な違いである。
親しい人の投稿が見えなくなった途端に焦りや不安に駆られる。そうした感情は、ときに自分でも認めたくないほど、醜く、恥ずかしいものである。だが、その感情が湧くこと自体は、別に悪いことではない。
そういう醜くて恥ずかしい感情とどう折り合いをつけ、どう振る舞うべきか。悩み苦しみながらも自分なりの答えを探していくのであれば、そういった負の感情はきっと成長の糧となる。むしろそれは、中高生が経験しておくべき通過儀礼ともいえる。
問題は、そうした負の感情を起爆剤として利用し、感情の赴くままに衝動的な投稿をするよう煽るBeRealのシステムにある。率直にマジで醜悪すぎるだろ。
おまけにプロフィール画面には「🔥何日連続投稿」という表示が加算されるため、「せっかく100日間地道に投稿を続けてきたのに、今ここで記録を絶やすわけにはいかない」という、何の得にもなりゃしない謎のプライドを刺激される仕様まで付いてくる。いらねぇ。
(4) "BeReal"についての寺子屋の見解
私個人としては、「基本的にSNSの使い方は自由」という見解を持っている。しかし先に述べた通り、BeRealは利用を始めた後の行動選択に、他のSNSとは異なる心理的圧力を生み出すように設計されている。したがって、BeRealは自由とは真逆のSNSであるといってよい。システムがユーザーの行動や意思決定に強く介入し、毎日の撮影と投稿へと駆り立てる、きわめて不自由かつ醜悪なSNSであると、私は判断した。
当教室にもBeRealのヘビーユーザーが一定数いることは認知しているが、そのシステムは、高校BCの基本方針と絶望的に相性が悪い。あのようなおかしなシステムに1mmも疑念を抱くことなく、ただ周囲に流されるまま毎日スマホのカメラを構える姿は、高校BCが目指す人物像とは相容れないものとして私の目に映る。
「どうして用もないのに毎日写真を撮って公開しなくちゃいけないんだろう?」「通知に合わせてみんな一斉に動き出すって変だな」と違和感を覚え、行動を思いとどまることができる思慮深さを、うちの高校生には持ってもらいたい。たとえ自分以外の全員が足並み揃えてBeRealに入り浸っている環境にあなたがいたとしても、あなたは、あなただけは、「それは違う」と言える、強い心と研ぎ澄まされた知性を持ってほしい。それでこそ寺子屋リンクスの塾生だ。
BeRealのシステムが指示した時刻に合わせ、みな一斉にスマホで写真撮影を始める?
――誰一人としてあなたに投稿をするよう指示をしていない。指示を出しているのは、時間を無作為に選んだコンピュータのシステムである。では、「投稿しなくちゃ」と自分を煽り立てている真の黒幕は、いったい誰なのか。
毎日消える他人の写真の閲覧鍵を得るためだけに、隙あらばスマホを構え、本来なら他人に公開する必要のない私生活の様子をパシャパシャ撮影して、毎日毎日、投稿に明け暮れる?
――それは親も知っている習慣なのか。そんな行動を子どもが毎日繰り返していたら、まともでないと思うのが普通の親の感覚ではないか。......もしそれが親公認なら、いよいよ世も末である。とりあえず寺子屋はお辞めください。
仲間内からの「いいね」による承認を求め、自撮りや所持品や自宅内部を無加工で晒し続ける?
――写真の加工は悪ではない。あなたや、あなたの大切な人たちを守るための手段である。たとえ加工を取り払っても、あなたの本当の魅力は決して写真には写らない。写真に映して見せびらかす程度の表面的なステータスにすがればすがるほど、あなたの価値は逆に埋没していくだろう。自撮りや所持品で必死にアピールしなくても、あなたの魅力を見てくれる人は、必ずいる。心の目で。
自分は決して画角に入らないよう気を遣うのに、他人に躊躇なくカメラを向け撮影して公開する、卑怯なプライバシー侵害行為。
――いくら狭いコミュニティとはいえ、いたずらに他人からカメラを向けられて気分のいい人間は多くないだろう。他人の顔を撮ることには抵抗がないのに、内カメラに自分が写ることは意図的に避けているようなら、なおさら問題がある。しかも「友達の友達」システムによって、見ず知らずの第三者にまで無加工の顔が簡単に流出するのだ。それ、何とも思わない?てめえ倫理観のネジどこに捨ててきた?自分の欲を満たすために他人の顔をダシに使って、心は傷まないのか。みなが一様に撮って撮られて感覚が麻痺しているだけで、やっている行為は生贄(いけにえ)の祭典のようなものである。いい加減目を覚ませ。
「今しかない思い出を残したい」?
――1日たてば誰からも見えなくなってしまうシステムに写真を捧げて、いったい何が残るのか。残したいならスマホのカメラロールでいい。写真に残せるのは思い出ではなく、その瞬間の"記録"である。確かに、写真は思い出を呼び起こすきっかけにはなり得るが、思い出そのものは、常に人の心の内にある。日々目まぐるしく入れ替わり消えていく体験の中で、それでも強く心の奥底に焼き付いて離れなくなった、鮮やかな記憶の輝き。思い出とは残すものというより、「結果として最後に残ったもの」という表現が似合うと、私は思う。だからこそ、消えると分かっているシステムの枠組みの中でいたずらに写真を量産するのじゃなく、今目の前で起こっている一度きりの瞬間を、目を見開いて、スマホではなく、どうか"心"に刻み込んでくれ。
(5) おわりに
BeRealは、「ありのままの自分を認められたい」「自分が他者にとって価値ある存在であるという実感が欲しい」という思春期特有の承認欲求を巧妙にすくい上げ、当事者である中高生を中心に絶大な支持を受ける仕組みを完成させたという点で、ある意味では賢い。
だがそれは、人間の承認欲求や孤独への不安を釣りエサにした、壮大な商業実験であると私は思う。それに参加するかしないかは確かに本人の自由だが、一度参加してしまうと、そこから離脱することは難しい。そこに広がっているのは、孤独や承認欲求をシステムによって刺激されながら、互いの私生活を際限なく公開し合う、私にはひどくグロテスクに映る光景である。
「ありのままの弱い自分」を否定し、自分の弱さや醜さから目を背け、外面だけはキラキラ取り繕い、心の穴を他者から注目されることでしか満たせない刹那(せつな)的な生活を繰り返しているだけでは、人としていつまでたっても成長できない。
たとえあなたがどんな容姿だとしても。
たとえあなたがどんな性格だとしても。
そんなあなたと一生付き合っていくのは、他の誰でもない、あなた自身である。
ありのままの自分と必死に向き合い、悩み、苦しみもがきながらも、自分をどうにかこうにか受容していくことが、深みのある人格形成に必要な過程ではないだろうか。それこそが、真の"Be Real.(等身大の自分であれ)"の意味するところではないかと、私は思いたい。
以上のような観点から、ユーザーに思考停止を促して"かりそめの楽園"に閉じ込め、中高生の尽きることのない承認欲求と孤独への不安をいたずらに煽り立て、永遠に終わりの来ない写真投稿の日々を推奨するBeRealのシステムを、寺子屋は断じて容認しない。
また、私と3年間関わっていく高校生たちは、このようなシステムに「何か変だな」と疑問を感じたり、隣の友人がなりふり構わずスマホのカメラを構え始める姿を見て、「やめなよ」といえる側の人間であってほしい。自律性と社会性を重視する以上、何が正しくて何が間違っているのか、本当に必要なものは何で、必要ないものは何なのか、自分で考えて言語化できる人であってほしい。
BeRealにはユーザーを強く依存させかねない仕組みがきっちり整えられている。それを知らずにいったんその沼にハマると、自分の行動を客観視することは難しい。そうすると、互いの価値観が折り合わずにすれ違う場面が増えるだろうし、私が進路選択のサイドキック役(※)を務めることも、気持ちの面で難しくなるだろう。
※サイドキック:主人公やヒーローの隣で戦いをサポートしたり、一歩引いた立場で後方支援や情報収集を行ったりする相棒的存在。
正直なところ、私生活のSNSにまで口を出すようなことは、本当ならしたくない。ただ、高校BCという空間で3年間を共に過ごす以上、自分の意志で考え、判断することを重視するという基本的な価値観に関してだけは、同じ方向を向いている関係でありたい。その価値観が根本から相容れないのであれば、互いに別の道を選ぶこともやむを得ない。だから、「高校BCの塾生は」という限定のもと、BeRealの利用を規制する決断をした。
「それでもBeRealを絶対にやめたくない」という意志を持った塾生には寺子屋を離れてもらい、寺子屋とは関係ない場所でBeReal生活を存分に満喫していただく。それがその子にとっての幸せならば、相容れない価値観を持った私の役目は、もはやない。また、BeRealを利用している中3生に対しても、高校BCへの継続通塾を認めない。これが寺子屋リンクスとしての最終結論である。
「私生活のSNSの使い方まで干渉するのはやりすぎだ」という批判は百も承知である。私個人の価値観が多分に反映されていることも否定しない。だが、寺子屋リンクスとして求める生徒像や、私自身の倫理観に照らし合わせたときに、おかしいと感じるものをおかしいと表明しないようなら、今こうして独立して仕事をしている意味がない。今年で11年目である。もうそろそろいいだろう。
私の方針が受け入れられないと感じたご家庭、あるいは塾生自身からの退塾の申し出は、謹んでお受けいたします。どうぞ。
寺子屋リンクス 松村
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