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君たちには算数が足りない②

関数つながりでいえば、2年生で学ぶ一次関数や3年生の二次関数にも、変化の割合という概念で「yの増加量/xの増加量」なんて仰々しい「公式めいたもの」が与えられる。


変化の割合とは、言ってしまえば「x1あたりのyの増減量」であり、もっと平たく言えば、「たかし君は3時間で42km進みました。1時間あたりで何km進みましたか」という算数の問いと、考えていることは変わらない。


ここで算数の感覚を持たない子は「公式めいたもの」の丸暗記に頼るしかなく、「エックスノゾーカリョーブンノワイノゾーカリョー……」などと暗唱して、謎の分数の式にわけもわからず座標を代入する羽目になるのだから、そういう子にとって関数の単元はさぞかし苦痛だろう。私自身が算数・数学苦手っ子だったから、その気持ちはよく分かる。曲がりなりにも他人に教えられるようになったのは、大人になってやり直してからだもの……


算数をしっかり丁寧に学ぶことは、中学数学の勉強の方々に立ちはだかる、あらゆる障壁を下げてくれる。そう思っている。「何をやっているのか分からない」という、迷子の苦痛から解放されると言っても過言ではないかもしれない。


さすがに高校ともなれば本格的に公式を暗記する必要も出てくるから、中学数学で出てくる種々の「公式めいたもの」は、高校から始まる本格的な公式運用のための、慣らしの意味合いがある程度に考えておいた方がよいと個人的には考えている。大切なのは基本の原理原則。高度な見た目の数学っぽい計算をする前に、基本の算数だ。



さて、単なる数学の基本編としての印象を持たれがちな算数だが、算数の力が必要なのは数学だけではない。理科を学ぶにも、社会科のグラフを読み取るにも、さらに美術においては透視図法で遠近感のある絵を描く際に至るまで、教科の枠を超えてあらゆる場面に算数は根付いている。


理科なんかはそれが特に顕著で、「理数系」などとひとくくりにされることからも分かるとおり、算数や数学との関わりが深い。数学の教科書と同様、理科にもたくさんの「公式めいたもの」が登場するが、少なくとも中学課程の理科は、小学校で学んだ算数をそのままコピーしたような内容である。


密度や圧力の求め方なんかは、


「たかし君は3時間で42km進みました。1時間あたりで何km進みましたか」


という問い(=単位量あたりの大きさ)と根本的には変わらないし、フックの法則や酸化還元に伴う質量変化も、「コーヒーと牛乳を3:2で混ぜます。牛乳を400ml使うとき、コーヒーは何ml必要ですか」と問い(=比)と変わらない。理科の計算は算数のオンパレードなのである。

それなのに、単元が変わるたびにいちいち別々の「公式めいたもの」を暗記して数字をぶち込む公式代入マシーンのようなことを繰り返していては、中1の段階でもう理科が嫌いになってしまうのも無理はないのじゃないだろうか。


(次回へ続く)