やる気がない子のやる気をONにする魔法とは?(3)

私はなにも「勉強なんかしなくてよい」と言っているわけではない。むしろ勉強はしないよりした方が絶対に良いと思っている。そうでなければこの仕事をしているはずがない。大人の経験から振り返ったとき、長い人生の中で、勉強できる時期にきちんと勉強をしておくことの意義は、計り知れないほど大きい。まあ勉強をすることの意義については、また別の機会に譲るとしましょう。


そうではなくて、ここで言いたいのは、たとえ大人が自らの経験を根拠に、「●●××という理由だから勉強は絶対するべき」とその必要性を一生懸命説いても、それが子ども自身のリアルな実感としてストンと腑に落ちるのは難しい、ということである。子どもにとっては、勉強なんて別に今やらなくても困らないし、誰にも迷惑をかけることもないというのもまた事実。


だから、「勉強をしなければ何が困るのか」というごく素朴な問いに対しても、結局のところ「ただちに影響はない」という、どこかの政治家が言ったような歯切れの悪いモヤモヤした答えが着地点になってしまっても、ある意味仕方がないともいえる。


やらねばまずいという差し迫った必要性を感じない状況で、やらない選択肢の方に心の天秤が大きく傾くのは、人の心理としてある意味自然なことではないか。


人はみな弱い生き物なのだ。やらなくても不都合がないような面倒な雑事に対し、それらを自分の意志だけで律し、継続することは難しい。私たちにとっての家事がそうであるように。大人がそうなのだから、まして子どもならなおさらだろう。


ならば子どもに継続的に勉強してもらいたいとき、まず最初は「やらざるを得ない」ように外的要因から先に作ってしまうのが定石であると考えた方がよいのではないだろうか。


あるかどうかもよく分からない「やる気」のスイッチがピコーン♪(とかギュイーン!とか、まあどうでもよい)とONになり、ウォ~と叫んで走り出すのを期待して待つのではなく、まずは勉強をしなければいけないような環境に思い切って飛び込んでみる。そうしているうちに、勉強が自然と板に付いてきて、気付いたら「やる気」があるような行動を取るようになっている。その方が、人の行動原理からみれば現実的な順序ではないだろうか。



さて、そこで登場するのが塾である。


塾というのは、もちろん勉強を教える場所ではあるけれども、それだけではない。他のところではどう考えているか知らないが、少なくとも私は「環境」を提供する場所でもあるとも思っている。


内心は勉強がだるいと思っている子も、ひとたび教室に入れば、そこでは他の人も勉強している。ギラギラ目を光らせている私もいる。嫌でも勉強せざるを得ない空気が、そこには満ちている。最初のうちはそんな空気に抵抗を感じるかもしれないが、やっているうちにだんだん慣れてきて、2時間や3時間程度の勉強なら、別に苦にならなくなってくるのだから不思議なものである。


何も知らない人が彼らの様子を見れば、「すごく勉強頑張ってるね!」「やる気があって素晴らしい!」と賞賛するかもしれない。しかし実際のところ、彼らは最初からやる気に溢れた状態で勉強をスタートしたわけではなく、勉強しなければならない教室の空気に適応してきた結果として、勉強が身体に馴染んだタイプが多い。


これが「環境」の力である。この力は可視化しづらいため料金には反映しにくく、しかしこの上なく重要な、塾が持つもうひとつの大きな価値だ。この見えない価値をどれだけ利用できるかで、その子の行動が変わってくる。家でやる気が見られないというなら、遠慮する必要は一切ないから、(送迎の都合がつけばだが)じゃんじゃん自習に連れてくればいい。あとはこっちの空気に引きずり込めば、たいていは勝手に勉強してくれるはずだ。



(次回に続く)


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