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「ひとり勉強ノート」がひとり勉強の力を奪うとき(2)

ひとり勉強の力を奪うノート②

「問題演習をせず、丸付けもしないノート」


算数でよく見られる事例だが、一見するときちんと式を書いて問題を解いているように見えるが、解いただけで丸付けを一切していないものを見かける。あるいはそれは、ただ教科書の例題を丸写ししただけだから、丸付けをする必要さえないのだろうか。どちらにしても、これでは勉強していることにはならない。


寺子屋では、「本当の成長は、丸つけした後の行動が肝心」と塾生に教えている。教科書を読んだり問題を解いて丸つけすることはあくまで勉強の準備作業であり、そこがゴールではない。大事なのはその後である。


「出来ないものを出来るように変えていく」ことが日常学習の目的なのだから、丸つけをしたあと、自分の出した考えが正しかったのか、それとも間違っていたのかどうかを、自分の目で確かめることだ。そしてもし自分が間違っていた場合、間違いの原因を見つけて、次回からは同じミスをしないよう気をつけたり、教科書や辞書を引いて欠けていた知識を新たに取り込んだりする。ひとり勉強の力とは、そこまでやり遂げる習慣をいう。


自分の頭で問題を解いて丸付けまで終えて、ようやくひとり勉強の入口に立てるというのが私の考えだ。小学生の習慣づくりの第一歩としては、これが当たり前のこととして自然に実行できるようになれば上々ではないかと思う。



ひとり勉強の力を奪うノート③

「漢字や英単語を何度も書くだけのノート」


昔ながらの古典的なノート埋めの手段だが、まだまだ現役で広く浸透している「勉強『風』の作業」の筆頭である。


当たり前の話だが、漢字テストにしろ英単語テストにしろ、テストは頭を使うものである。自分の頭のメモリーの中に記憶された情報を、紙の上にアウトプットするのがテストだ。


ところが、同じ漢字や英単語を連続して書く作業は、手は動いていても頭が働いていない。だから書いた後でも全く記憶に残っていなかったりする。「漢字を何度も書いて覚えなさい」というのは、「漢字は頭を使わず身体に叩き込みなさい」と言っているのと同じである。一体いつの時代のスポ根漫画だろうか。


さて、漢字や英単語は暗記知識であるとともに、生きた文章の中で使われることが想定され、それが語彙の増強に直結するものでもあるから、ひとり勉強でやる内容としては、意外に扱いが難しい課題のひとつである。特に漢字は、「へん」・「つくり」それぞれの役割に着目したり、熟語の前後関係を考えたりする習慣の有無で語彙力にかなり差がついてくるから、ちゃんと向き合うおうとすれば、漢字ひとつにもそれなりに頭を使わなければならない。


ただ、それを気付いてもらうためには指導者の誘導を前提としていて、少なくとも子ども一人でやる際にはどうしても暗記的側面が強くなる。その前提での話になってしまうが、暗記というのは「何度書いたか」よりも「何度思い出したか」の方が、成果に大きく影響する。


要するに、たった1日だけ集中的に5回書くよりも、同じ漢字テストを5回に分けて実施した方が定着はよいということである。これをひとり勉強の方法に取り込む。


もちろん丸付けも行うこと。間違ったり書けなかっりした漢字や単語は、答えを見てそのまま写すのではなく、いったんお手本を自分の頭の中に記憶し、目を閉じて空書きで再現できるようになってから、ノートにもう一度書く。そうした漢字や単語は、次回のひとり勉強ノートをやるときにも再テストをして、自分の頭から正しく書けるようになるまでは、繰り返し粘ること。


このように、ひとり勉強を活用しながら限られた時間で暗記の効率を上げるためには、とにかく自分の頭の中から記憶を引き出す頻度を上げることに尽きる。


(次回へ続く)


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